小さな贈りもの
誕生日のプレゼント、季節の贈答品、お礼の品、そして頑張った自分へのご褒美。大切な人、身近な人に贈りたい、実は私も欲しかった・・・そんな品々をご紹介します。





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2009.01.10  久保田一竹と川崎景太展


久保田一竹と川崎景太展

年末に、昔の職場の先輩、E子さんとそのお姉様のA子さんにお会いした時、年末年始にかけて銀座松屋で開催される"久保田一竹と川崎景太展"のご招待券を沢山頂きました。

久保田一竹といえば、あの幻と謳われた桃山時代の"辻が花"という染物を新たな技法で現代に蘇らせた、日本が世界に誇るアーティスト。 そして、アーティスティックな空間表現によって、現代フラワーデザイン界を牽引する川崎景太。

A子さんは、川崎景太主宰のマミフラワーデザインスクールの生徒さんでいらっしゃるのです。

E子さんとA子さんのご好意で、思いがけず、新年早々煌びやかな花の競演を鑑賞することができました。

会場で販売されていた絵葉書の種類が少なくて残念でしたが、今回の展示作品の一部を絵葉書でご紹介致します。

  久保田一竹と川崎景太展3 ①

① 久保田一竹、一代目、二代目と引き継がれる、四季と宇宙を表現する"光響"80連作 ( まだ未完で、45連作までが完成しているそうです。) から、"冬"の連作、4点。 晩冬から早春までを表現したもの。 絵葉書ですが、4枚の着物で一服の屏風絵のようです。

久保田一竹と川崎景太展2② ② "富士山"の連作から、2点。 

久保田一竹と川崎景太展4③ ③ "善朱華紋"と題された着物の一部。 この着物が展示された空間一面に5万本の枯れススキが敷き詰められ、正に幽玄の世界でした。

久保田一竹と川崎景太展1④ ④ チケットやポスターにも使われた"重ね日輪"。 その着物の豪華さはもちろんのこと、バックに合わせた着物の色彩と寸分違わぬ生花を重ねて作られた日輪のフラワーアートの見事な競演に、時を忘れて見入ってしまいました。 (こちらは、クリアフォルダーです。)

他にも、"清姫"、"炎"と"渦"など印象的な作品と空間美がありました。

また、"ルナリア"という植物の銀白色の莢(さや)で作られた着物の形のスクリーンに、美しい自然の移り変わりを映し出すという趣向も、一竹の数々の作品の発想が、どのように生まれたのかを体感させてくれるようでした。

久保田一竹の"辻が花"には以前から魅せられてきた私ですが、久々に本物を目の前にして、その手の込んだ技法と色彩の妙に、ただただため息ばかりです。

今回の展示会は期間が短くて、1月12日(月)までというのが惜しまれます。
河口湖にある久保田一竹美術館に、また行ってみたくなりました。

一枚のチケットから、"絢爛たる世界"の贈りものを頂いたような気がしました。
E子さんとA子さんに感謝を込めて・・・。

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2008.12.02  無人野菜売り場


無人の野菜売り場2

実家の目の前に設置されている、無人の野菜売り場です。

地元の農家の方が、取れたての野菜や果物を産地直送ならぬ、産地直売されているのです。

価格は、全て100円、もしくは200円。 代金は、右端にある赤い金庫に、貯金箱のように投入するようになっています。

新鮮で、安全な作物が良心的な価格で提供され、利用者の良心に任せて無人で販売される・・・今時貴重な信頼関係の上に、無人野菜売り場は成り立っています。

こんな有り難い野菜売り場が、家の目の前に設置されているという幸せに感謝して、我が家では、ちょくちょく利用させて頂いています。

朝早く、畑で採れた野菜や果物を軽トラックで運んでこられる農家のおじさんと、母は、親しく挨拶を交わす仲です。

母が、そのおじさんから聞いたところ、こんな安価な価格で売っているにもかかわらず、赤い金庫の中には、10円玉や1円玉が数個入っていることがあるそうです。

他人の心の貧しさが残念だね・・・とこぼされていたそうです。

母に頼まれて、写真の鳴門金時(200円)とリンゴ(100円)を買いに、100円玉3個にぎりしめ、無人売り場へ向いました。

ふと気がつくと、赤い金庫の奥に鏡が設置されています。(写真の左上の部分)

言葉や貼り紙で諌めるのではなく、自分のしていることに恥じる部分は無いですか?と暗に問いかけ、信頼関係を取り戻そうとする、おじさんの苦肉の策だったのかもしれません。

信頼には、誠実に応えたいものだと、改めて思いました。


無人の野菜売り場3

こちらは、亡父のお墓参りの時に、通りかかるanother無人野菜売り場です。

お墓参りの後、右下手前にある、200円の大きな白菜を買って、母と、ロールキャベツをたくさん作り、4軒のご近所に配りました。

また、前述の鳴門金時とリンゴで、母がリンゴきんとんを作りました。 くちなしの実で色付けし、氷砂糖とみりんで煮たきんとんは優しい甘さでした。 
こちらも、ご近所、そして、会社の同僚にもおすそ分けし、自分達も箸休めにいただき、最後に残ったのがこちらです。

              リンゴきんとん 

地元の農家の方からの”贈りもの”、無駄なく、美味しく頂戴しました。

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2008.11.08  大琳派展


       大琳派展1

上野の東京国立博物館へは、自宅から歩いて30分程の距離です。
これ程近いのにもかかわらず、今までなかなか訪れる機会がありませんでした。

でも、今、催されている"大琳派展"には、是非行ってみたいと思っておりました。
ちょうどこの週末は、片付けをするため、久々に自宅で過ごすことになっていました。
混雑を避け、敢えて17時、閉館1時間前に博物館に到着。

この"大琳派展"は、尾形光琳の生誕350年を記念して、本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、尾形乾山、酒井抱一、鈴木其一・・・この6人による琳派の至宝の数々を大公開するというイベントでした。

有名な俵屋宗達の"風神雷神図"と尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一の3人がそれを模写した襖絵とを見比べることができる趣向や、独特の空間美を持つ花鳥風月図、俵屋宗達の下絵に"寛永の三筆"と言われた本阿弥光悦の和歌が書かれたもの、俵屋宗達の平家納経の見返し絵、光悦、光琳の蒔絵をほどこされた硯箱や茶箱、光悦の茶碗に、乾山の皿などなど・・・実に見ごたえのあるものばかりでした。

一時間ではあまりに短くて、急ぎ足になってしまったのが残念でした。

そして、恒例の記念グッズをお土産に・・・。

大琳派展3

クリアフォルダーは、定番になってきました。 
俵屋宗達の"風神雷神図"と酒井抱一が尾形光琳の風神雷神図屏風の裏に描いた"夏秋草図屏風"です。

大琳派展4 ①  大琳派展5

大琳派展6 ③ 絵葉書も定番です。 ①燕子花や秋草の屏風  

②鶴下絵三十六歌仙和歌巻  ③小袖 白絖地梅樹下草模様

そして、もう一つ、「天然甘酒 雪の華」。 
琳派展らしく、金箔付きです。

大琳派展7

博物館を後にして、心地良い寒さの中(今が私のベストシーズンです。)、上野公園をゆっくり散策。 空には、墨を滲ませたような半月が懸かっていました。 家に帰ったら、"天然甘酒"と金箔で、冷えた体を温めましょう。

日本の宝、琳派の作品に、大満足の一時でした。 特に、俵屋宗達のおおらかさと繊細さを併せ持った天才的な筆致に圧倒されました。 尾形光琳の"燕子花図屏風"と"紅白梅図屏風"が、期間的に見ることができなかったのは残念でした。

とても、語りつくすことができないので、大琳派展のHPをご覧下さい。 意匠をこらしたつくりになっていますよ。 目と耳で楽しませてくれます。 大琳派展のチケットの写真の下をクリックしてみてください。

               大琳派展2 

               大琳派展~継承と変奏

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2008.10.15  亡父の一周忌


10月13日(月)は、亡父の一周忌の法要でした。
月日の経つのは本当に早いものだと、改めて感じます。

菩提寺での法要とお墓参りの後、お斎(おとき)を秋川渓谷の傍に佇む"黒茶屋"という炭火焼・山菜料理の店で行いました。

250年程前の庄屋屋敷を移築したという母屋からなるその佇まいは、静寂と侘びの極み。
渓流と山に囲まれ、ここが東京都とはにわかに信じ難い空間です。

黒茶屋9 黒茶屋10 

黒茶屋11 黒茶屋の母屋の目の前にある秋川の清流。 

実は、20年程前、ここで中居さんのアルバイトをしていたことがある私にとっても、思い出深い場所なのです。 お寺から、店までのマイクロバスを運転されていた方が、私を覚えていてくださり、懐かしさで一杯でした。

黒茶屋1
駐車場の前にある大きな水車と門。 夜になると、門の左右にかがり火が焚かれます。

黒茶屋2 黒茶屋3 門を潜り、母屋の入り口までの坂道。

予約していた部屋は、母屋の西側にある椅子席。 20年前は、お座敷だったお部屋ですが、障子窓も、全てガラス窓になり、素晴らしい景色を眺めながらのお食事が楽しめるようになっていました。

黒茶屋7 黒茶屋8

菊の花の文様の紙ナプキンに、ホルダー代わりの稲穂が憎い演出です。
法事なので、炭火焼ではなく、朴葉焼がメインのコースでした。

黒茶屋4 

黒茶屋5 窓の外に、先程の大水車が見下ろせます。


黒茶屋6
上座に、仏様用のお膳も用意されていたのには、感激しました。
遺影を飾れるように準備され、秋明菊が華を添えてくれます。

この風情たっぷりの会場に、お集まり頂いた方々もとても喜んでくださいました。

お食事も、山菜の数々や新鮮な川魚、朴葉焼、マツタケご飯、デザートと盛り沢山で、育ち盛りの甥っ子達でさえ、唸っておりました。

お酒も進んだところで、父の思い出話をしてくださったり、父の好きだった歌を歌ってくださったり、父の"ふるさと"という文章を従姉妹が朗読したCDを流したり・・・とお陰様で良い供養になったと思います。

お集まり頂いた方々、そして、"黒茶屋"さんのホスピタリティに心から感謝致します。

そして、実家の近くでマイクロバスを降り、家の前まで来たときのことです。

サーッと、頭の上を何かが舞い降りたと思ったら、何と、鷺が一羽電線にとまっているではありませんか!

鷺1 鷺2

これには、皆、びっくり。 雲をバックに真っ直ぐそそり立つ鷺は、亡父の化身のようで、皆で、暫く見とれておりました。

今日、UPさせて頂いた写真は、全て甥っ子が撮ってくれたものです。
一日、カメラマン、お疲れ様! 良い写真が撮れたね!

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2008.07.31  永遠のベルサイユのばら展


永遠のベルサイユのばら展1

日本橋三越で7月29日(火)から開催された"永遠のベルサイユのばら展"へ、会社帰りに立ち寄りました。

何を隠そう、中学の3年間を寝ても覚めても"ベルばら""ベルばら"で夢中になっておりました。

クラス中、いえ、学年中に"ベルばら"を広め、コミックは、何百回となく読み込み、セリフも諳んじる程でした。

オスカルやマリー・アントワネットの絵も、真似て描いたり、美術の版画や、木彫の題材にも"オスカル"を選んだり・・・。

社会の試験でフランス革命が試験範囲の時には、猛勉強で、「必ず、百点満点をとらなければ、ベルばらファンの名が廃る。」と有言実行。

国語の3分間スピーチでは、「教科書がなぜ漫画でないのか?」などと題して発表し、先生に、着眼点が良いと、お褒めの言葉を頂いたこともありました。(今から思えば、大変話のわかる先生だったと思います。)  それから数年後、英語の教科書に、スヌーピーの漫画が採用されたと聞いた時は、内心驚きました。 

とにかく、私の青春の大きな一頁であったことに間違いありません。

先日、デパート散策をしていた時にこの予告を目聡く見つけて、必ず見に来なければ・・・と心に誓っていたのです。

"ベルばら"が生まれて、35年の歴史を記念し、大規模な原作原画の展示会及び、その魅力を多角的に紹介するという展覧会。

原作者の池田理代子氏は、なんと、この作品を執筆中、20代だったというのですから、その早熟な才能に改めて驚かされました。

       永遠のベルサイユのばら展2
        会場で、唯一撮影が許可されたパネル。

漫画に登場したドレスを忠実に再現したものなど、趣向もこらされていましたが、何といっても、さんざんマネしては描いていた劇画の原画を見ることができたのは、とても感慨深いものでした。

また、セリフが各国語に訳されて出版された海外の"ベルばら"コミックも、何となく笑いを誘いました。

平日のアフターファイブにもかかわらず盛況で、"ベルばら"の根強いファン層には、恐れ入りました。

昔だったら、あれもこれも欲しくなりそうな"ベルばらグッズ"の数々も販売されていましたが、グッとこらえて、クリアフォルダーとポストカードだけを今回、"小さな贈りもの"用に購入しました。

       永遠のベルサイユのばら展3

  永遠のベルサイユのばら展5

私にとっては、とっても懐かしい思い出のイラストの数々です。

そして、なぜかルドゥーテの薔薇のクリアフォルダーも便乗販売されていたので、つい購入。

  永遠のベルサイユのばら展4

薔薇は、かくも、乙女の心を惑わし、惹きつけるものなり・・・でした。

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2008.07.26  日本橋デパート散策


この暑さのせいでしょうか?  治療のため服用していた副腎皮質ホルモンの薬を減らしつつあるせいでしょうか(薬の効能で体のエネルギーが増幅していたのを、徐々に薬を減らしていく過程で、体力がガクッと落ちるそうです。)?  朝起きてからも、シャキッとしない土曜日でした。

でも、そろそろ家にじっとしているのはもどかしく、前日から何をしようかとあれこれ考えておりました。

とはいえ、顔面神経麻痺のため、誰かに会う気にもなれず、とにかく、涼しく、ゆっくりと目の保養をしながら、美味しいものを頂いて・・・と行き着いたのが、"ぶらり日本橋デパート散策"でした。

デパートといっても、けっして買い物目的ではないところがミソです。

目の保養なら、近くの上野に行けば、美術館、博物館の宝庫ですが、体調を考えると、広大な空間を人ごみにもまれながら歩く勇気もありません。

その点、日本橋界隈の老舗デパートに常設される美術画廊は、静かで、人も少なく、たまには良いものです。 そして、デパ地下のイートインにも、気軽に立ち寄れます。

まずは、ランチタイムを目指して、三越本店へ。

新館の地下1階にある"たいめいけん"(日本橋の老舗洋食屋)のイートインで、"オムハヤシ"を注文。

たいめいけん1 うまく写真がとれなかったので、セピアカラーにしてみました。

たいめいけん オムハヤシ
こちらが、たいめいけんのオムハヤシ。 トロットロッのふわふわ卵と甘味の強いハヤシソースのバランスが、今までどこで頂いたものより美味でした。 中のトマトソースで炒められたバターライスの控えめな風味も、しっかり計算されているのを感じました。

幸先良いスタートに、気を良くして、同じフロアにあった"ジェラテリア カノビアーノ"で、"スイカジェラート"をお口直しに頂きました。
      すいかソルベ

さっぱりして、本当に、スイカに塩をふって頂いているような瑞々しさでした。
他にも、完熟トマトのソルベや、アスパラ、ルッコラといったベジタブル系のジェラートもあり、次回の楽しみにしました。

お腹が満足したところで、本館6階の美術特選画廊へ。

「近代フランス絵画展」と、「島田三郎油絵展」が開催されておりました。

「近代フランス絵画展」では、小品とはいえ、シャガール、ルノアール、ユトリロ、ルオー等を鑑賞し、「島田三郎油絵展」では、フランスに魅せられた作者のパリ郊外や、ボルドーのサンテミリオン教会を題材にした小品から大作までゆっくりと堪能しました。

三越美術空間 島田三郎展1
小品が飾られた小部屋では、ソファーに掛けて、この空間を暫し独り占め。 

他にも、三越美術空間と称されるフロアーの美術品の数々を鑑賞しました。

次に、高島屋日本橋店へ。

高島屋も、6階に、美術・工芸品のフロアがあります。 こちらの陶芸作品や、茶道具の売り場が私の小さな美術館の一つです。

こちらもゆっくり見ているうちに、少し疲労感を感じたので、4階の千疋屋フルーツパーラーで、ティータイムにしました。

     千疋屋フルーツパーラー

こちらでは、季節のお薦め、"ピーチパフェ"に目が釘付け。

     ピーチパフェ1

桃がふんだんに盛り付けられ、生クリーム、ピーチソルベ、カスタードクリーム、そしてまた、桃の果肉と、正にノックアウトものの一品

温かいミルクティーと一緒に頂く至福の一時でした。 

ピーチパフェ2

さあ、もう思い残すことはありません。 少し早めに日本橋を後にして、帰宅することに。

帰りの電車の中、浴衣を着た若い女の子達や、カップルが目を引きました。

若者達が、自分達の美意識の表現として、日本の伝統を見直していく姿に、何となく微笑ましさと安堵を感じました。

そういえば、26日土曜日は、隅田川の花火大会だったのでした。

私はというと、食材を仕入れて帰宅し、早めに夕食の支度にとりかかりました。

そして、万全を整え、7時から、2時間スペシャル放映のTBS"ルーキーズ"最終回に備えました。

花火の音をバックに、感動ドラマに食い入っておりました。

したいこと三昧の充実した一日でした。

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2008.05.08  旧岩崎邸庭園


様々なことが重なリ、毎年4、5月は、気忙しい季節となります。
そして、昨年、今年は特に大きな変化が伴ったため、無事やり過ごすことができるか戦々恐々といったところです。

それでも、一年で最も美しいこの季節を少しでも体感したいと思い、ちょっとした時間を見つけては訪れてみたいと思っていた場所に足を運ぶようにしています。

連休前に遡りますが、4月のとある木曜日、思いがけず、ポカッと半日程自由な時間がとれたので、台東区池之端に佇む重要文化財、旧岩崎邸庭園に行ってまいりました。

明治24年、三菱の創設者・岩崎家本邸として建てられた、日本の建築史に残る洋館です。
かの鹿鳴館を始め、神田のニコライ堂、綱町三井倶楽部、旧古河庭園等の設計でも知られる、イギリス人建築家のジョサイア・コンドルが設計しました。
 
旧岩崎邸庭園1

完成当時は、15,000坪の敷地に20棟以上の建物があったそうですが、現存するのは、上の写真の英国ジャコビアン様式の洋館と書院造りを基調にした和館、スイスの山小屋風ビリヤード場(撞球室)の3棟のみ。

この洋館は、その当時、年に1回の岩崎家の集まりや、外国人賓客を招いてのパーティ等だけに使用されたそうです。

堂々とした外観にも圧倒されますが、建物内部の意匠を凝らした造りには、ため息が漏れます。

旧岩崎邸庭園2旧岩崎邸庭園6旧岩崎邸庭園5

①ジャコビアン様式の重厚な階段。 ②1階ホールの飾り柱 ③イスラム風に装飾された客室。 天井は、シルクのペルシャ刺繍。

旧岩崎邸庭園3旧岩崎邸庭園4旧岩崎邸庭園7

④客室の大理石の暖炉。 壁は、上田尚氏によって忠実に復元された"金唐革紙"。 ⑤2階の女性用控え室。 優しいピンクの壁紙が印象的。 ⑥1階奥のサンルーム。 後から増築された部屋だそう。

旧岩崎邸庭園8旧岩崎邸庭園9
旧岩崎邸庭園10

⑦2階のイオニア式列柱が並ぶベランダから庭を見下ろす。 ⑧広大な庭に面した洋館南側。 ⑨ベランダに敷き詰められたミントン社のヴィクトリアンタイル。

そして、洋館に隣接した和館。 こちらは、大工棟梁、大河喜十郎による施工と伝えられているそうです。 完成当時は、建坪550坪という洋館を遥かにしのぐ規模を誇っていたそうですが、現存するのは当時の10分の1だとか。

旧岩崎邸庭園11

庭から眺めた和館の外観。 岩崎家の人達は、ほとんどこちらを居住空間としていたそうです。
内部には、岩崎家の"三階菱"の家紋が随所にモチーフとして取り入れられています。

旧岩崎邸庭園16旧岩崎邸庭園13旧岩崎邸庭園14

⑩洋館から和館へ続く廊下。 屋根の梁に三階菱のモチーフ。 ⑪書院造りの広間の床の間の書院組子。 これも、三階菱がモチーフ。 ⑫襖の戸引手、襖の上の欄間も、三階菱がモチーフ。

旧岩崎邸庭園15旧岩崎邸22⑭ 

⑬釘隠しも、言うまでもありませんね。 ⑭広間の床の間には、横山大観、河合玉堂の師、橋本雅邦の作と言われる富士山と四季が描かれた障壁画が。 色が落ちてしまっているのがなんとも惜しい。

そして、洋館、和館とは別棟に建つ撞球室。 洋館と地下道でつながっているという珍しい造り。

旧岩崎邸庭園17 旧岩崎邸庭園18

少し前から降り始めた小雨に、屋根も、周囲の緑もしっとりとした表情を見せてくれました。

旧岩崎邸庭園19

旧岩崎邸庭園20  撞球室の前に設えたベンチ。

旧岩崎邸庭園21

ベンチから眺めた広大な芝庭。 新緑が目に沁みます。

旧岩崎邸は、戦後、GHQに接収され、その後は最高裁判所司法研修所として使用されていました。
実は、亡父も、ここで数ヶ月間の研修を受けていたことがあったそうですが、それを母から聞いたのは、この日、ここを訪れた後のことでした。 

明治の大財閥の夢の跡・・・後世への大きな贈りもの。 戦中、戦後の大きな時代の波にさらされながらも、こうして今、私達が完成当時の華やかな姿を目の当たりにできるなんて、感慨深いことだと思いました。

日常生活を忘れて、はるか昔に想いを寄せ、タイムトラベラーになったような一時。 

歴史に興味のある方、建築を学んでいる方、リフレッシュしたい方にお薦めのスポットでした。

(旧岩崎邸庭園のパンフレットと、建物内を案内してくださるガイドさんの説明を参照させて頂きました。)

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2008.04.19  金魚坂


I さんの根付から思い出したのが、一度訪れてみたいと思っていた文京区本郷、東大赤門の程近くにある江戸時代から350年続く、老舗の金魚卸問屋"金魚坂"。

東大 赤門① 東大の赤門2② 本郷の法真寺

① 東大赤門 ② 東大キャンパスを囲う赤レンガ塀 ③ 樋口一葉ゆかりの法真寺

こんな環境に囲まれて、ちょっと狭い路地を入ったところに"金魚坂"はありました。

金魚坂1 電信柱に金魚坂の文字が。 この路地を真っ直ぐ進むと左手に折れるさらに狭い路地が・・・そこにこんな看板を発見。

金魚坂2

珈琲? 中国茶? 食事処? 葉巻??

でも、看板の下の入り口を入ると、そこは、いけすや水槽にゆらめく金魚、金魚、金魚の世界でした。

金魚坂3  金魚坂6 わきん

 金魚坂4 
キャリコ
 
金魚坂5 らんちゅう

金魚や金魚用品の購入はもちろんのこと、釣堀で楽しむこともできるようです。

そして、ありました!  水盤に泳ぐ金魚です。

金魚坂12
 ピンポンパール

         金魚坂11

雨が降っていたせいか、金魚は水草に隠れてしまい、やっと姿を現したところをパチリ。

少し、金魚の季節には早かったかしら?  何となく寂しげな写真になってしまいました。

気を取り直して、元は錦鯉のいけすだったという喫茶室で、一休み。
半地下に降りて行くような感じの不思議な空間。 コンサート会場にもなる多目的スペース。

金魚坂7

面白いのが、飾られていた"金魚の品評会での番付表"

金魚坂9

明治22年のものだそうです。 横綱から前頭まで、らんちゅうの傑作が並んでいるのだとか。

シティブレンドの珈琲を注文。

金魚坂10

プチフールのお皿に、金魚が・・・。 

駆け足でしたが、都会の真ん中の不思議な癒し空間"金魚坂"のご紹介でした。

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2008.03.17  立原道造記念館


竹久夢二・弥生美術館を訪れる際に、もう一箇所寄ってみたかった場所・・・それは、美術館から徒歩一分とかからない、東京大学 弥生門の正面に、 静かにこじんまりと佇む”立原道造記念館”でした。 立原道造記念館1  

道路を挟んだ真向かいが、東京大学 弥生門です。 東大 弥生門
 
立原道造・・・昭和初期の代表的な抒情詩人の一人。 将来を嘱望された詩人であり、建築家でありながら、24歳という若さでこの世を去りました。

名前は知っていたものの、彼の作品については、恥ずかしながら無知に近かった私。

この機会に、一度は彼の世界に一歩、入り込んでみたかったのでした。

立原道造記念館2


記念館の入り口に彫られた詩「ふるさとの夜に寄す」。

この詩もそうですが、立原道造の作品の多くは、彼が師事した堀辰雄の「誰あれも気のつかないところで、こっそりと熟した詩の何とまあ美しいことよ。」という感嘆の言葉が物語る、甘く繊細な言葉がソネットと呼ばれる形式(十四行詩)で綴られています。 彼の詩には、どこか物悲しさを湛える、ナイーブな響を感じました。 

3階建ての建物の中には、原稿の他、手紙、パステル画、建築の設計図、愛用していた机や旅行鞄等が展示されています。

目立った展示物があるわけではありませんが、この夭逝の詩人の才能を惜しみ、愛した人達の手によって大切に守られてきた作品や遺品は、見るものに安らぎを与えます。 

この小さな記念館の居心地の良さは、魂への”贈りもの”になりました。

多感な青春時代にロマンチックな夢を馳せたり、歳を重ねてからを昔を懐かしんだりして過ごしたいスポットです。

立原道造絵葉書


立原道造の詩やパステル画の絵葉書を記念に買い求めました。

日常のリズムとかけ離れた立原道造の世界、もっとゆっくり過ごしたい場所でした。 

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